
アルピニスト「野口健」
対談「伝えなければ、仲間も見つからない、活動も広がっていかない」



―長い付き合いになってきました。初めて会った時のこと、覚えていますか?
「覚えているよ。なんだっけな。自己紹介もそこそこに『売名行為について』だっけ?質問したよね。普通、なんで山登るのですか?とかじゃない?」
―あの時は、失礼しました。ただ、まだ野口さんのことよくわかっていなかったので・・・。ただ、年齢も変わらないのに、やっていることがエベレストでのゴミ拾い。まるで聖人君子みたいだったので・・・。
「道徳の教科書にも載っている、寡黙なアルピニストだよ、僕は(笑)」
―寡黙については大いに否定しますけど(笑)、やっていることについては今なら大分理解できます。きっと愛国心とか、正義感とか、使命感とか、コンチクショー(笑)とかそういうものが野口さんを突き動かしているのだと思っています。お父さんが外交官という環境で育ったのも影響しているかもしれませんね。
「父ちゃんのことはともかく、普通、自分の国を大事に思うでしょ?どこの国の人でも?」
―そうですけど、自分が! っていう気持ちには僕も含めて普通の人はなかなかなれないものかもしれません。それと、日本人はPR下手だ、とよく言われますが、そういう意味では野口さんは、外国人ですね。
「顔は外人だけど、僕は日本人だよ!ただ、日本人の謙遜って素敵だとも思うけど、アピールは大事。特に国際社会の中では謙遜はあまり理解されないと思う。それに、誇大する必要はなくって自分のやっていることを素直に伝えるのと謙遜は両立できると思うしね。それに実現したいことがある時には、まず行動。そしてそれを伝えて、協力してくれる仲間を見つけていかなければいけない。黙っているだけで伝えなければ仲間も見つからないし、活動の輪が広がっていかない。僕がやっていることは僕一人でやればいいことじゃないからね。」
―野口さんと知り合ったのは1999年エベレスト清掃登山の頃からですが、まさにそうやって活動を徐々に広げられているのを目の当たりにしてきました。初対面のときもそういう回答でした。エベレストでゴミを拾うという行動から、いまや全国的に広まった富士山のゴミ拾い、国立公園のレンジャー制度の実現などと活動の幅を広げてまさに、有言実行だったわけです。WEBサイトを通じてそんな『伝える』をお手伝いできて光栄です。
いまやテレビでも活躍して、華やかなことが好きなように見えて、実は地味なことが好きですよね?
「今やっている登山も地味、ゴミ拾いも地味。ダブルで地味(笑)。学生のときの部活は、卓球部、写真部、山岳部で地味路線まっしぐら。高校で停学になって、植村さんの本に出逢わなかったら今頃寡黙に暮らしている生き物だったのかもしれない・・・。」
―それはないと思います。そもそも寡黙な人は喧嘩で停学にならないと思います。(笑)
「今と違って反抗期だったの!いまでもひとりでサウナに入っている時なんかに『このままずっとサウナにいられたら幸せだなー』ってよく思うよ」
―ひとつだけ心配なことは、健康管理です。サウナに限らず極端な健康法とか大好きですよね。3ヶ月で10Kgダイエットとか、絶食とか、サウナだって5時間以上入っていますよね!
「ま、僕なりの健康法なのだけど・・・。ちょっとマズイかなーって最近は思うけど・・・。」
―くれぐれも、健康には気をつけて今後も活躍してください。本当にお願いします。応援しています。
「じゃあさ、ホームページの原稿送るから、また頼むね!」



ご紹介
ビジョンやスローガン
富士山から日本を変える
日本人の象徴「富士山」でゴミ拾いを続ける野口氏。清掃活動後の参加者に対してのメッセージはこの言葉で締めくくられます。
「富士山のゴミをきれいにするだけじゃダメなんです。ひとつは、ゴミを棄てさせない取り組みもしていかなければなりません。あと、富士山だけでもダメです。日本各地でゴミが散乱しています。皆さんもあちこちからいらっしゃっていますから、自分の住んでいるところについて考えて、行動してみてください。日本の象徴、富士山から日本を変えましょう!」
そんな野口さんならではのスローガンです。
プロフィール
父が外交官であったため世界各地で幼年時代を過ごす。中学、高校時代は勉学に集中できず、自己他も認める落ちこぼれ。停学した際、父から薦められた一人旅で植村直己の本「青春を山に賭けて」に出会い、これがきっかけとなり登山を始める。1999年3度目の挑戦でネパール側からエベレスト登頂に成功し、10年の歳月をかけ、七大陸最高峰世界最年少登頂記録(当時)を25歳で樹立。 挑戦中に知ったエベレストのゴミ問題を解決するため、4年連続で世界各国の人たちと連携を図り、エベレスト清掃登山を実施。 2001年には、ヒマラヤ登山で諸外国の登山隊をサポートするガイドらの遺族補償するために「シェルパ基金」を設立。また、環境教育について欧米諸国と日本の違いに気づき 「野口健 環境学校」を開校。日本の国立公園や環境保護と観光振興(エコツーリズム)のあり方について、政治・行政サイドから意見を求められ、環境省を始め、東京都の委員も務める。東京都レンジャー、富士山レンジャー名誉隊長。 2006年には、「マナスル・富士山同時清掃登山」と銘打って日本となじみのある両山の清掃を行い、麓のサマ村の教育環境を支援するための「マナスル基金」を設立。2007年3月より、過去に2度敗退した中国側からのエベレスト登頂に挑戦する。
生年月日 | 1973年8月21日 | 出身地 | ボストン生まれ |
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身長 | 169cm | 体重 | 60Kgぐらい(変動が激しい) |
足のサイズ | 26.5cm | 視力 | 両目とも1.0ぐらい |
血液型 | A型 | 学歴 | 立教英国学院(中学〜高校) |
尊敬する人 | 植村直己、橋本龍太郎 | 亜細亜大学国際関係学部卒業 | |
好きな映画やドラマ | ニューシネマパラダイス おしん 池中玄太80キロ 北の国から |
青森大学大学院環境科学研究科中退 | |
好きな食べ物 | お鮨 | 好きな色 | 青 |
好きな飲み物 | ワイン、日本酒 | 好きな建物 | 古民家が大好き |
好きな言葉 | ・前へ、前へ ・例え火だるまになろうとも |
好きな本 | ・「青春を山に賭けて」(植村直己) ・「サハラに死す」(上温湯隆) ・「落ちこぼれてエベレスト」(野口健) |
好きな過ごし方 | サウナに5時間連続で入る | 死ぬかと思った | マッキンリーでクレバスに落ちた エベレストで目の前の氷柱が崩壊した |
飼育暦 | ・熱帯魚 ・犬 ・猫(現在も2匹 |
実は・・・ | ・コーヒーが飲めない ・卓球がめちゃくちゃ上手い |
そのほか | ・Nescafe「違いを楽しむ男」に出演 ・東京都レンジャーの名誉隊長 ・NPO法人富士山クラブ理事 |
略歴
- 1999年(25歳) 七大陸最高峰世界最年少登頂記録樹立
- 2000年〜2003年(26歳〜29歳) エベレスト清掃登山(4回)
- 2001年(27歳)シェルパ基金設立
- 2003年〜(29歳)野口健 環境学校開催、結婚
- 2004年(30歳) 長女誕生
- 2006年(32歳) マナスル・富士山同時清掃登山、マナスル基金設立
リンク
弊社との関わり
こんなご協力をしています。
- 2000年 野口健オフィシャルサイト制作
- 2003年 野口健 環境学校サポート
- 2001年〜2003年 エベレスト清掃活動 現地サポート
- 2007年 野口健オフィシャルサイトリニューアル
注意事項
- 掲載内容の正確性には気をつけていますが、本人の趣向は変わりやすいので変更があることをご了承ください。
- 講演のご依頼などは、直接 野口健事務所へお問い合わせください
最終更新日 2007年2月6日